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機動戦士ガンダムUC (10) 虹の彼方に (下) (角川コミックス・エース 189-12) |福井 晴敏

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機動戦士ガンダムUC (10)  虹の彼方に (下) (角川コミックス・エース 189-12)機動戦士ガンダムUC (10) 虹の彼方に (下) (角川コミックス・エース 189-12)
福井 晴敏
角川書店(角川グループパブリッシング) 刊
発売日 2009-08-26




評価は分かれそう。 2009-08-30
文学として見れば、結果的にさすが福井氏とうなづける作品となりました。

久しぶりに楽しい小説を読んだという満足感があります。

物語を通じて問われていたのは、人類の可能性と、それが具現化されたニュータイプのあり方ではなかったかと。

そういう意味で、富野小説を読んでいるという既視感がありました。



ただ、「ガンダム」という世界観から見ると、見る人の評価が分かれる作品だと思います。

本作品は、バナージという一人の主人公が物語の中心にあり、多くの人に影響を与えていました。

その主人公は危機を乗り越える度に大きく成長し、特に終盤は、まさか!と思うような奇跡を幾度も演出します。

こういうファンタジーとヒロイズムは、今までのガンダムになかったのではないでしょうか。

アムロとララアが我々に見せてくれた世界とは、大きく違うような気がします。

果たして、福井氏が作品にこめた意図、メッセージを、どれだけの人が受け取れたのでしょうか?

特に「ファーストに魂を引かれた人たち」はこの作品(特に終盤~結末)をどう捉えたのか、気になる所です。

みんながみんな、福井氏の過去の作品やインタビューをチェックしてる訳じゃないですからね。



とはいえ、秋のアニメ化も今から楽しみです。





心踊らない読者はいないだろう 2009-08-27
著者と同い年、所謂ガンダム世代の私にとって

トミノ監督の手によらないにもかかわらず

ひさびさに「正統な」作品であった。



ファーストから30の歳月が経過し

直木賞候補作家が作品を手掛けるまでの成長を

当初、誰が予想し得ただろうか?

今般決定した映像化は、若干今風のデザインに違和感を感じながらも

至極当然の流れと認識している。



本巻は最終第十巻。全巻を貫く謎であった

「ラプラスの箱」が開け放たれる。

この場で多くを語ることは出来ないが

不自由な身体に縛り付けられた愚鈍な魂が

しかし次世代に夢を託す、という可能性において

美しく、そして限りなく愛おしいという真実が、

高らかに謳い上げられるクライマックス!



ファーストからぶれることの無いこの生命賛歌は

単なるリフレインではないか、という謗りは免れ得ないものの

やはりそれは、この物語がここまで読み継がれてきた所以なのだろう。



富野文学への福井氏の"返答" 2009-08-26
 この最終巻に掲載されている最終回を読んだ後、何年ぶりか記憶がない位久しぶりに、富野由悠季氏の小説「伝説巨神イデオン」全3冊を本棚の奥から引っ張り出してきて読み、劇場版発動篇のDVDを観てみた。



 このガンダムUCという作品はガンダムマーケットの中で存在する為に、全く言及されず、余り知られてもいないが、作家としての福井晴敏氏に最大の影響を与えたのは、ガンダムよりもむしろイデオンである。

 福井氏本人も、NHK-BS番組に出演した際「イデオンと出会ったことによって、全ての価値基準の中心軸がイデオンとなってしまい、その後の人生で様々な作品と出会う度に、“この作品はイデオンと比較してどうなのか?”と自問するようになった」と告白している。



 ガンダムUCの最終回は、はっきりとイデオン、それも原作小説のラストシーンを意識した返答、回答として構成されている。



 ”ガンダム”という最早救いようがない程にマーケットに染まりきった枠に拘らず、純粋に”人の業を描ききることを主題とした富野文学”という視点で捉えたとき、ファーストガンダムで提起されたテーゼに応えた正当な続編はむしろイデオンである。(オーラバトラー戦記やVガンダム辺りも、それらに含まれるだろう)



 福井氏は本作で、”可能性という名の神”という表現を使った。



 この言葉によって、「イデオン発動篇」で完膚なきまでに冨野氏が否定した、”生身の肉体に囚われた人の業の愚かしさ”に救済と可能性を残そうとしたと言える。

 この辺りは予想通り・・・というか他に書きようがない。"イデオン"で一度示された結論に立ち向かうには、表現がどうあれ”愚かしい生身の肉体の業の輪廻にこそ、健やかな人のありようがあるのではないか”と開き直るしかないからだ。



「・・・なにがショックといって、『ガンダム』の最終回で「僕にはまだ帰れるところがあるんだ」と主人公にいわしめた同じ富野監督が、今度は見知らぬ惑星に転生していくしか和解するすべのなかった人々を描いたということ。もしここで、その新しい星こそが現在の地球であったのかもしれないと考えたとき、そこに描かれた絶望と諦念は限りなく深い・・・」(大田出版「イデオンという伝説」より抜粋)



 予想通りの結論ではあったが、いつもの福井節で”愚かしくもいとおしい、普通の人々の悪あがき”を、いつも通りに書き切ってくれた福井氏の力量に敬意を表したい。



 


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